Liveご案内

  • 2019.08.22 Thursday
  • 22:25
私達は、偉大なるアーティスト達の楽曲を尊敬し、
ステージで私達の表現で演らせていただくことに感謝しています。
音楽を愛する全ての皆様との出会いに感謝しています。

 
ぶろぐ.jpg
四葉のクローバーLIVE スケジュール四葉のクローバー
時間、出演者、出演順などが変更になることがございます。
ライブご来場の直前に今一度ご確認いただきますようお願いいたします。
8月24日(土)
天満 音太小屋
¥1,500 1ドリンク付き
19:50出演予定
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9月14日(土)B-flat 
梅地下の泉の広場からの出口が閉鎖中です。
地上からの道順はこちら(はこママ姫さんのブログ)
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    心との対話32

    • 2019.08.22 Thursday
    • 22:23

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    せっかく歳をとったのだから

    年相応の価値を味わう企画を立ててるの。

    だから、アンチエイジングにかける時間はないな(笑)

     

     

    歳より若くなんて、見えない方がいいんです。

    • 2019.08.19 Monday
    • 20:48

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    リハ帰りに寄ったスーパー。

    支払いの段になって、財布を取り出そうとしている私に

    「お客様、これは…」と

    レジ係の女の子が、困惑気味に…。

     

    レジのトレイに載っていたのブルーのカード。

     

    ブルーと言えば…「イコカ」カードやん。

     

    意味がわからないんですけど。と自分に問う。

    こういう時、一般の人はどういう反応をするのかわからないが

    そいういう現実を前にすると、私はなぜだか

    レジの人に、次のようなことを言ってしまう。

     

    「あれ?何でこれをここに乗せたんやろ。

     改札とちゃうっちゅうねん。ねえ」

     

    ありがたくも、女の子がなかなかウケてくれた。

    後ろに並んでいるおばさんも微笑んでくれた。

    素直な私はとても嬉しくなって、

    「あははは。ウケてくれてありがとう。

    ほんま、ごめんね。おばさん、全く困ったもんです」

    と、2人の観客に向かってMC。

    ヤバい、いったい何のスイッチやねん。

    こんなスイッチいつから内蔵されてるねん。

    還暦前にはなかったスイッチやん。

     

    女の子は、顔を真っ赤にして笑う。とてもかわいい。

    まあ、私はたしかに大阪のおばちゃんだけれど、ヒョウ柄も着てないし、

    茶髪で、ちりちりの頭でもないので、

    ちょっと意表を突いたかもしれない。

     

    で、支払いを現金で済ませた。

    あれ?いや、ビザカードで買うつもりやったんやろか?

    と、あらたな疑問がわいて、自分に問うてみたものの、不明。

     

    で、袋詰めをしているときはっと思い出した。

    あれさ、「駐車券」のつもりで出したんや。

    せやせや。駐車券やん。

    イコカと同じところに入れたから、間違えたんやん。

     

    駐車券出して、機械に通してもらわな。

    ん〜〜?あれ?ないやん。

    イコカのカードと同じバッグのポケットに入れたんやけどな。

    絶対に入れたわ。

    「落としたらあかん」って思ったんやもん。

     

    ♪探し物は何ですか。見つけにくいものですか。

    ♪カバンの中もポケットの中も探したけれど

    見つからない(泣)ので

     

    さっきの女の子に言う。

    「あのね、イコカの件、私なりに答えが出まして」

    「はい?」

    「出したかったのは駐車券なんです」

    「あ〜。はい。」

    「でもね、それがないの。車を探しますが、もしなかったら

     どうしたらいいですか?」

     

    女子、ごめんなさい。さらに笑いをこらえなければならなくなった。

    「あ。大丈夫です。その時は紛失で処理しますから。」

    「そう?すみませんね。じゃあ。探してきます。」

     

    ♪まだまだ探す気でした。

     

    駐車場に移動するエレベータに乗りながら、

    限りなくばーさんに近い大阪のおばちゃんは思う。

    「いや、たしかに、イコカと同じところに入れたわ。私。

     どっかに落ちてへんかな?」

     

    ♪それより、僕と踊りたいけど…落ちてへん(泣)

     

    車到着。駐車券、あるやん。

    ちゃんとサンバイザーに入れたある。

    何でや?ほんならなんで、イコカと同じところに入れたって

    明確な記憶があるねん?

     

    脳をぐるぐる回す。

    あ。さっき、ランチしたところの駐車券をそこに入れたんやわ。

    それが記憶に残ってたんやわ。

    いきしな、道に迷ったりして慌てたから、記憶がまんだらになってしもたんや。

     

    そういうことなんや…

     

    人生は自己認識が大事だと、常々思っているのに、最も近い過去については

    認識があまりに甘いと、自己認識を改めてする私。

     

    ま、でも…

     

    とりあえず、駐車券あってんし、よかったやん。

    嬉しい結果に、心はちょっと追い付けない。

    生きて行くほどに、こういうことが増えるんだろう。

     

    雨が降り出している。

     

    駐車券を持って降りると、さっきのレジの子はもういなかった。

    休憩かな。

    あほなばーさんの話、ツイートでもして楽しんでくれてたらいいな。

    それなら、今日私が彼女に会った価値があるというもんや。

    いそいで、そういうところ落とし込む。

    できれば、いや、可能な限り、いや、基本的にハッピーエンドに持ち込むねん。

     

    ♪夢の中へ、夢の中へ行ってみたいと思います。

     

    だからね。

    前にも書いたでしょ。

    心との対話19

    年より若く見える必要なんて全然ないのよ。

    ♪の行、メロディ付けて読んでくださった方には特に感謝いたします。

    伝えたいのは・・・

    • 2019.08.16 Friday
    • 12:07

     

    A-unEXというブログに様々なことを書くとき

    私は本質的にライターだから、書くことにエネルギーを注げば

    私に軸ができて行く。

    「その軸」で歌いたい。

     

    楽曲を作れるわけではない。

    作りたいわけでもない。

     

    借りた楽曲に「私」の軸を通す。

    それが私の表現の仕方だ。

    なぜ私はそうなっているのかわからない。

     

    戦争をテーマにして記事を連投したこの数日。

    「暑い中、毎日ありがとう。相方として感謝します。」

    と、ラインをくれた同じ年のギタリストと共に

    A-unEXから「命の価値」が伝わりますように。

    「幸せな敗戦処遇」という感じ方があったことを受け取る終戦記念日の今日。

    • 2019.08.15 Thursday
    • 14:38

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    日本は「無条件降伏」をして戦争が終わった。

    圧倒的な戦力差がありながら、

    情報操作により国家にコントロールされた人達は

    とことん傷ついて、とことん失った挙句に

    「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び難きを忍び」の放送を触れ伏して聞いた。

     

    欧米諸国によるアジアの植民地支配の現実を知れば、

    当時の日本国民には、財産を奪われ、拘束されての強制労働や、レイプなど、

    人間として扱われない未来しか想像できなかったであろう。

    何せ、相手は「鬼畜」だと信じていたのだから。

     

    しかし、その後、戦争の爪痕も残しながら、世界に類を見ない高度成長が始まる。

    私の幼少期には、日本の未来には成長と夢しかなかった。

    あの頃の私は、日本は戦争しない国になったので、未来永劫平和だと信じていた。

    泥団子を投げ合う、無邪気な「戦争ごっこ」は戦争を知らない子供達の当たり前の遊びだった。

     

    1964年、小学校に上がったばかりのころ、東京オリンピックが開催された。

    戦争で手足を失った近所の駄菓子屋のおじさんも、うちに来てテレビを一緒に見た。

    手足を失う事の痛みも、その後の人生の身体的、精神的制限も、具体的には想像ができなかった。

     

    70年の大阪万国博覧会。

    この頃にはテレビと冷蔵庫がほぼ家庭に行き渡っていた。

    街なかで傷痍軍人を見ることもなくなっていた。

     

    さて、この度、ネットで拾った情報がある。

     

    71年、沖縄が返還される経緯の中で、当時の外務大臣福田赳夫氏(1905-1995)が

    無条件降伏を振り返り、「大変幸せな敗戦処遇であった」と見解を述べている。

    この度調べた事の中で、とても印象に残った。

    おそらく、欧米に植民地とされたアジアの惨状と比較してのことだと推察する。

     

    「戦争を知っている人達」には、受け止められた発言なのだろう。

    「無条件降伏」のもと「耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ」ことの意味を

    知っている人達多数の時代であったから。

     

    しかし、これが今なされたものだとしたら、どんな反応があるだろう。

    戦争を知らない人達は、大炎上するのではないかという気がする。

     

    「無条件降伏」の解釈は複数あるのだけれど、

    人生の大部分を戦時下で過ごした人たちにとって人達にとってこの頃、

    「幸せな敗戦処遇」という解釈があったことを、知っておかなければと私は思う。

     

    おそらく、出陣した人たちが味わった、戦地での悲惨な情景

    爆弾や原爆を落とされた内地の国民の悲惨な情景を

    見た人達には、見た人達にしかない感じ方があるのだと。

    戦争を知っている人達は、そう感じるのだと。

    そこを、受け取ってから解釈し、私たちの世代なりに未来につなげる言葉を選ばねばなるまいと。

     

    「無条件降伏」から74年。

     

    もちろん「負けた国」は「勝った国」のために利用される。

    日本が利用されていない等とは思っていない。

    日本は、植民地化するより、民主化して国家として経済的に自立させた方が利があると

    「勝った国」が判断したから、こういう「処遇」となったわけだ。

     

    「敗戦処遇」と言う言葉を思いつくことはなかったが、

    「与えられた平和」と「与えられた自由」の中で

    私は人生で武器に脅えたことも、飢餓に苦しんだこともない。

    だからどれほどの人達の犠牲の上に、それがもたらされたかに対峙せずして

    何かを判断することはない。


     

    ‥‥‥

     

    戦争に政治が絡まないことなどないのだけれど、

    私は政治について「意見」を述べるほどの情報は持っておりません。

    私の発信が目指すものは平和でしかありません。

    すぐに「右」と「左」に分けて「罵り合う」闘いには決して参加いたしません。

     

    可視的現象やその場の発言だけを捉えて、感情的な言葉にすればそうなります。

    戦争で「敵」と言われた相手に、お互い個人的な恨みなどなかったはずです。

    私達は今、国家を介さなくても、世界中と繋がれる道具を持っています。

    その道具をどう使いますか。それは個々で選べます。

    平和に向けて使ってください。他者理解の為に使って下さい。

    他者がそこに至る経緯や、意図、経験、受けた教育など、全てのことを捉えようとする

    姿勢がなければ、戦いは止まないでしょう。

     

    数日にわたり、戦争に絡めて私の感じ方を書いてまいりました。

    例年よりたくさん書きました。

    きっと、私自身が人生の残り時間を意識しているからでしょう。

    この歳になって、勉強不足を実感しています。

    にもかかわらず、毎日、多くのアクセスを頂きました。ありがとうございます。

     

    個人ができるのは、心の平和を保つこと。

    • 2019.08.14 Wednesday
    • 16:12

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    「世界中の戦争を終わらせるために何かをする」というのは、美辞麗句です。

    やはり個人にはできないでしょう。

    個人ができるのは、自分の心の平和を保つこと。

    生きる態度や行動も含めてね。

    それだけです。

    詩人 谷川俊太郎

     

    人類がこの星で起こす現象は、人類の心の在り方。

    人類が全員、心平和なら、戦争は起こりませんよね。

    私は人類の一人なので

    私の心が平和であれば、戦争は終わりに向かい始めると

    私は信じています。

    私の人生が終わっても、戦争はなくならないと思いますが

    私が個人的に心を平和にする努力は、人類が戦争を辞める方向へ

    進化するのだと信じます。

     

    平和に向かうってことは、平和ではないという現実があるということ。

    変化を願うなら、平和でない事の現実も、知らねばならないでしょう。

     

    心も、身体も壊されることや、街が焼かれる事、拘束、蹂躙、飢え、強制労働、拷問

    それを現実に経験させられる人生もあり、垣間見るだけの人生もあります。

    人としての価値に差があるわけではないのに。

     

    私は垣間見る側の人間なので、自分の人生とは関係のない出来事は

    他人事として目をそらすこともできます。

    知らずに済むのに、あえて踏み込めば、心が苦しいのですが

    そうしろと、誰からも命令されることなどないからこそ、

    個人としての人生と、人類としての役割を考えることを選びます。

     

    例えばこうして、極小規模のグログで

    何かを伝えることは、人類の一人としての私の役割です。

     

    目をそらすとは、弱さを選ぶことです。

    弱さは悪ではありませんが、不安を大きくします。

    不安ほど、苦しく辛いものはないと、私はこの人生で経験済みです。

    どの人にも平等に与えられているのは時間ですが、それを使って

    踏み込む苦しみは、必ずそれに見合う納得感を与えてくれます。

    平和を願うに必要な質を自らに備えていく事は、個人の人生でも、

    地球規模においても、人類の共通の課題だと私は思います。

     

    平和とは不足がない事ではなくて、不安がない事でしょう。

    「分けてくれる誰かがいる」世界にいれば

    食料が不足しても不安にならずにすみますが、

    分けてもらうという経験のない人は、奪う事しか選べません。

    奪われた人は、怒り、報復します。そういうことの繰り返しでしょう。

     

    生存は競争で在り、強い者が生き残るのが、この星の掟ではありますが

    人間の知恵は、その掟の中で、調和できる「愛」が備わっていると信じます。

    だから、戦わず、勝ち負けを決めず、裁かず、善悪を決めずに在りたいです。

     

    戦争を「知らない子供」の私が大人になって、「戦争を知らないこと」の意味を考える今日。

    • 2019.08.13 Tuesday
    • 12:25

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    「戦争を知らない子どもたち」という曲は日本を代表する「反戦歌」だそうだ。

    これを作った方々が「違う」とおっしゃったというような

    ことは聞いたことがないから、そうなのだろう。

     

    そうならば、この曲を聞きながら大人になった私は考えたいことがある。

     

    この曲に限ったことではないが、「反戦」の表現には「心構え」が要ると思うから。

    「反対する」んなら「そのことを知っている」必要があるでしょうと。

     

    昭和の前半を生きてきた人たちは、皆戦争を知っていた。

    だから、戦後に生まれた「戦争を知らない国民」は稀な存在。

     

    戦争を知らない子供達は、基本的人権を生まれながらにして与えられ

    思想・良心、信仰、学問、表現、集会、結社の精神的自由を得て

    大人になって、髪を伸ばしてギターを持って歌を歌った。

     

     

    「反戦歌」を「謳歌」できたわけだ。

     

    自分達が「戦争を知らない」という事実だけでは「反戦」にはなるまい。

     

    嫌と言うほど、戦争の過酷さを思い知らされた人達が「戦争賛成」だったわけではない。

    賛成してあんな目に遭ったわけではないことに、まずは思い至りたい。

    「平和の歌を口ずさむ」位では、阻止できないのが戦争であることは私にもわかる。

     

    この曲を戦争を知らない私たちの世代が聞いて育ち、そして口ずさむ時、

    「知らないってことの意味」を受け取らねばと私は思う。

    だから、まず知らねばならないと思う。

    そして知ったことの全てを、たくさんの視点で考えねばならないと思う。

     

    なぜ戦争は起こるのか。人類とはどういうものなのか。そして今、どうなのか。

    この星はどうなっているのか。この国はどうなのか。自分はどうなのか。

     

    この曲ができて半世紀、当時、この国でこの曲を歌いながら、

    髪の長い若者達はベトナムのことはテレビで見るだけだった。

    「与えられた平和」の中で。

    私達ににできることは本当に「歌う事だけ」なのか。

    「歌うに至る」までに、何かをしたか。

     

    戦争が終わって74年。

    この国では、「戦争を知らない人達」が圧倒的多数。

    私も含め、8月になれば「思い出す」程度の事であるが

    この歳になれば、反対すれば、戦争は自然に終わるものではないくらいは気づいている。

     

     

    うっかりと、自らの表現を見失わないように。

    • 2019.08.12 Monday
    • 03:40

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    販売戦略

    顧客の囲い込み

     

    そういう言葉を私は決して使いません。

    職業人として社会に向けて発言するとき、とても意識しています。

    販売計画 顧客との関係構築と言います。

     

    1985年8月12日

    御巣鷹山に飛行機が堕ちました。

     

    この飛行機に乗っていたビジネスマンたちは

    「企業戦士」と表現されました。

     

    どんなことも「戦争」に照らして表現する習慣が止まないのは

    なぜなのでしょう。

    こういう傾向はいつまで続くのでしょう。

     

    表現は自由なので、否定はしませんが、

    私は大きな発言力を持ったメディアに、操作され、うっかりと

    自らの表現を見失わないようにしたいと思います。

     

    このブログにも何度も書いてきましたが

    私は「戦わない」と決めているので。

     

    「勝ち組」「負け組」という概念もありません。

    比較される要素が社会的なポジションや、所持する財産であったりするからです。

    そんな組み分けがいつからできたんやと思っています。

    私には「win-winの法則」というのはなく「happy-happy」の法則があります。

    表現の踏襲はしません。

     

    ビジネス社会は戦場なのでしょうか?

    私はそうは思いません。

    自分と他者の利益と満足の「共有ゾーン」です。

    だから、私のビジネスは楽しいです。
     

    墜落する飛行機の中で、書かれた遺書は

    「父親」としてであり「戦士」としてではありませんでした。

    当然だと思います。

    戦士に仕立て上げられて、彼らの魂は何を感じたでしょうか。

     

    戦士はかっこいいものでしょうか。強いものでしょうか。

    弱い立場だから、追い立てられるようにしてならざるを得なかったのです。

    恐くて、怖くて、たまらなかったのですよ。

    できることなら、なりたくなかったのですよ。

    私にはそうとしか思えないです。

     

    恐怖の中で彼らの精神を支えた概念が一つだけあります。

    「守る」ということ。

    なぜ「守る」必要があったのでしょうか。

    愛する人達がいるからでしょう。

     

    「攻め」ないで「仕掛け」ないで

    「近づいて」「相手を受け取って」「共有ゾーン」に共に行きましょう。

    戦うよりきっと、素晴らしい経験ができます。

    人は自分の表現した言葉で、自分の世界を作っていきます。

    戦場に行くことを、私は選ばない。だから、言葉を選びます。

    生きているかぎり、戦争について知ることをやめないでおこうと思う。

    • 2019.08.11 Sunday
    • 16:31

    テレビはほとんど見ないのだけれど

    この時期は戦争に関わる放映が多いから、時間が合えば

    なるべく見るようにしている。

     

    「凍りの掌」

    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190809-00000041-mantan-ent&p=1

     

    大戦直後、シベリアに抑留された父親から聞いた話を描いた

    漫画家の女性の作品とドラマ化したその経緯をコラボさせたもの。

     

     

    収容所に連れて行かれ、あまりの寒さに絶望する夜。

     

     

    マイナス30度の中での石炭堀りの重労働に疲弊して

    毎日のように死んでいく仲間を囲む。

     

     

    日本に帰る日、この地に遺した仲間たちに別れを告げる。

     

     

    生きている限り、少しずつでも知っておきたいと思うから。

    知って何になるのか、何かができるわけでもないのにと

    思っていた時もあったけど

    知っている私と、知らない私は明らかに違う。

    私が変わることが、戦わない地球にほんの少し、近づくと確信できている。

    なぜなら、私はこの星に生きる人類の一人だから。

     

    「シベリアに抑留されていた人」を実際に何人かは知っているけど

    実際にその人から話を聞いたことは一度もない。

    戦争と、それにまつわることは、皆さんあまり話したがらない。

    生きていたことも、生き残ったことも辛いし。

    そしてここに書く「辛い」は私の経験では想像もつかないレベルのものだから。

     

    著者は おざわゆき氏

     

    アニメ時代に白黒の「漫画」で表現されたこの作品は

    昭和を生きた私の記憶をも呼び戻す。

    少女漫画のようなタッチで描かれているからこそ、痛い。

     

    氏のお父様は19歳で赤紙が来て学徒出陣。

    シベリアに抑留されたのはおそらく20代になったばかり。

    この年齢の私が、大学で何をしていたか重ねれば

    見た後は、言葉にできない戦争への不快感が体の中に満ちる。

    明確に言うが「ソ連」へではない。「戦争」へである。

     

    私達は不快なものを自分の人生と切り離したり

    そこを責め立てたりする癖があるけれど

    「戦わなければ」全ては起こらなかった事であることを

    この星が生きている間に、人類が気づいて、戦いをやめてくれたらいい。

     

    命は一つずつ同じ価値を持って、全ての人が持っているのだから。

     

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    A-unEXの表現 私の表現

    • 2019.08.10 Saturday
    • 14:47

     

    自分が何を表現したいのかをいちいち解説するのは

    「邪道」という捉え方もあるのだろうと思うが、

    解釈は人の数だけ在るので、スキルが稚拙ならば、それはそれで

    必要な事なのだろうと私は思う。

     

    A-unEXのしていることは基本的に「カヴァー」である。

    私達の表現は服を着替えるようなもの。

    布を選び、裁断し、縫製する等というプロセスはないのだ。

    高いスキルで仕立てられた服のような楽曲の力が土台にある。

     

    そのことは、常に意識しているし、その力に匹敵するような

    素晴らしい服が作れないのだから

    手当たり次第に、着替えるようなことはしていない。

    例えば、袖の一部、襟の一部を私たちなりにその服の縫製を見ながら

    私達のステージの間だけ、アレンジをさせてただく。

     

    だからといって、既製服を着るように気軽にするカバーを批判するつもりは毛頭ない。

    音楽の楽しみ方、表現はそれこそが自由なのだから。

     

    正直、踏み込めばどこまでも深いし、深いところに行くほどしんどいから

    楽しむことが難しくなることは事実だ。

     

    アウトプットしたものに対する人の解釈は、本当に様々であるが

    原曲をこれほど、大きくアレンジをしても

    本家のファンの方々に、直接的にはご批判をいただいたことはない。

    私達が「批判されないゾーンを選んでいる」とも言えるし

    エネルギーをかけて「批判されるほど」の高みにも達していないという事であろう。

     

     

    私の歌唱に対しては「演劇的」と表現される方もおいでだが

    演劇の経験は全くないし、「他の誰かを演じる」等は私にはできないことである。

    ある程度、マネはできるけれど、それは演じるとは本質的に違うだろう。

     

    歌詞の中に出てくる登場人物になり切って歌うなどという

    プロの歌手がするようなことは、やれないし、やりたいわけでもない。

    「私自身」の経験や、在り方を、私が表現に反映できる楽曲でなければ、私は歌えない。

    だから、何でもかんでも歌えるわけではない。

     

    ただ、私のアウトプットをどのように感じられてももちろんOK。

    他者が個々の受け取り方の自由を認めることは

    ステージに立ちゆく者の基本姿勢だとも思っている。

     

    さて

     

    私は2曲の楽曲に、自作のナレーションを挿入している。

    そのうち1曲のモチーフは母である。

    涙を流しながら、聞いてくださる方もおいでなので

    A-unEXにしたら、レアな表現だと言えよう。

     

    私が唯一、家族を登場させた表現なのであるが、母への感謝を表しているわけではない。

    母親と感謝は一般的にセットだいう認識はあるが、

    母を持ち出した動機は、人生最大の悲しみであり

    その奥にあるのは、

    そんなレベルの悲しみを娘の私に体験させた母への恨みであったりする。

     

    それが100%私の恨み節とならないのは、「楽曲の力」だ。

    歌わせていただいている楽曲には感謝しかない。

    なぜなら、それを表現することで、私の思いはやっと母への感謝に変換されつつあるからだ。

     

    私自身がこういう質の人間なので

    「表現されたもの」にはそこに見えるもの、聞こえるものだけが全てではなく

    創った人、発信した人の隠された意図があるだろうという前提で受け取る。

    その意図をどう感じ取るかが「鑑賞」なのだろうと思う。

     

    ただ、もちろん、伝わってくるものにはある程度のスキルがないと

    観客としては「鑑賞」のレベルには至れないのが人間だろう。

    受け取ってほしいなら、それを見せる者が受け取れる形に

    アレンジする事が必要なのだと思う。

     

    A-unEXは10周年を迎えた頃から、少しずつだが、

    演奏も歌唱も表現も、レッスンを受けてスキルアップを試みている。

     

    知ってしまえば、遠のく満足がいくつもある。(笑)

    レッスンとは実に不自由を感じるものであるが、

    この不自由さを自由に操れるようになった時が成長なのだと思っている。

     

    私達は今、ゆっくりと次の表現の準備をしながら過ごしている。

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