ライブの翌日

  • 2017.05.20 Saturday
  • 11:06

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5月20日 かつおの遊び場

 

人生には出来事が止まない。

 

出来事がもたらす

怒り、悲しみ、寂しさ、不安…は

喜び、安らぎ、充実感…

そういうものより、はるかに長時間、一人の私とともにある。

 

しかし、私にとって音楽は、それらと対峙し、解決に向かう

自分を形成する手段となる。

それが「手段」となるに、必要とするエネルギーもまた半端ない。

 

自分を活かすために必要とする人であることを認める事

更にその人から必要とされる事

それを「実感」するまでに何度ステージを重ねればよいだろう。

 

4月22日 PASTIME

 

ここまで生きてきて、人生を見渡して思うのは

幸せは漫然としていて、もたらされるものではなかったということ。

 

起る出来事をあらゆる視点でとらえて、

何としても愛に向かって解釈する構えをとることでしか

幸せになど行きつかない。

 

私の人生はそうである。

だけど、私は私の人生が好き。

 

そのように疑いなく思えるのがライブの翌日だ。

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    今日の高みの空に

    • 2017.05.07 Sunday
    • 13:28

    社会的案件、それに伴う対処と緊張

    個人的出来事、それに伴う対処と感情

     

    そういうものをいくつも複数抱えながら

    生きるわけだから、人生はスキルが要る。

     

    比較評価で破棄するべき物・者・事も絡まる感情で実施できない。

    草食動物の脳は人類になぜ組み込まれなかったんだろう。

    肉食獣に、家族や友人を目の前で捕えられた彼らは、

    その後自らが死ぬまで、悲しみに浸り、

    肉食獣を恨み続けて生きているわけではなさそうだから。

    言葉のない世界で、そういうものだと、受け止めて

    命を懸けてその肉食獣の潜む草原に出て行けるから。

     

    人生には自分の努力ではどうにもならない出来事が止まない。

    そういう類のことは「受けとめる」力を持って抱えておくしかない。

     

    還暦…この年齢になれば

    抱えるものは複雑だから自分の人生の詳細を語れる相手が

    自分の人生を解決してくれるわけではもちろんない。

    つまり、こういう状態なのは、私だけではなくて

    相手もそうだということを、相互に認知している。

    この「認知」をもって、人は孤独の穴から出られるのだ。

     

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    他の人は持っていそうなのに、

    私にはこの人生で手に入らなかったものがあります。

    それももう「私だけではない」というのが真実だと

    私は充分に知っています。

     

    今の私は「幸せな宴」の開催準備をしています。

     

    「歌」がある。

    それでいい。だからいい。それがよかった。

    きっとそういう締めくくりとなる人生にするために

    一つ一つ、企画し、実施して行くのは私自身ですから。

     

    ................

     

    連休はなかなか大変でした(笑)

    ずうううううっと一人で過ごしました。

    満載のデスクワークと私的な片付けごとと。

    もう一杯過ぎて、動けなくなった時間もありました。

     

    ブラックボックスを開けました。

    置いてあった問題に対峙するパワーが蓄えられたと判断したからです。

    今だってとてもとても苦しいけれども

    いやいや…あの時よりずいぶんましだよ。

     

    そう言ってやれる過去の私が

    きょうの高み空に現れました。

    大きな前進がありました。

     

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    あの頃のブログに、私を心配してくれた人達が

    たくさんいらっしゃいました。

    今日はやっとデスクワークを終えたので

    その中の人達に会いに、京都に行って来ます。

     

     

    A-unEXの還暦ライブ

    「歓歴幸宴」のご予約はただ今37名様。

    ドタキャンも構いませんので、ご来場ご予定いただける方は

    ご予約をお願いいたします。

     

    詳細はこちら

    還暦ライブのご案内

    http://a-unex.jugem.jp/?eid=2449

     

    関連記事

    彼らと「ともに」する理由(わけ)

    (ゲスト「よる」さんのご案内)

    http://a-unex.jugem.jp/?eid=2450

     

    そこでする理由(わけ)

    会場の音太小屋さんのご案内

    http://a-unex.jugem.jp/?eid=2451

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      そこでする理由(わけ)

      • 2017.05.04 Thursday
      • 16:47

      0625A-unEXフライヤー.JPG

      A-unEXの還暦ライブ「歓歴幸宴」にはすでに30名様のご来場予約をいただいております。

      ありがとうございます。

      13:00〜17:30頃まで長いですから、ご都合のつく時間帯だけでもお気軽に

      覗きにお越しくだされば嬉しいです。

      詳細はこちらでご確認ください。

       

      この9年間、お世話になった素晴らしいハコさんはたくさんありますが

      「歓歴幸宴」は天満の音太小屋でさせていただくことにしています。

      最大の理由は「還暦」を記念するライブだからですが、

      オーナーの哲さんにもお話してないその理由の詳細をここでお伝えさせていただきます。

       

      1 床に座れる、更には寝ころべる昭和感満載の会場である事

      還暦の記念ライブですので、お客様はご年齢様々。

      お好きなスタイルでご覧いただきたくて

       

      2 哲さんが人生の先輩である事

      どこに行っても最年長のA-unEXにとっては数少ない、ご年長であられるので

       

      3 私が哲さんに惚れている事

      音楽を介し、多くの若い世代と交流を持ちながら、人生を緩やかにたくましく

      楽しむ生き方を目指したくて

       

      私は知る人ぞ知る「みどりん」という

      キャラクターで、極めてクローズな場所で弾き語りをします。

      初めて言いますが「みどりん」は

      哲さんの弾き語りの影響を多大に受けております。

      (還暦ライブではやりませんが (笑)))))

      その哲さんの弾き語りの曲が

      若い世代の方々の個々の能力のサポート、

      つまりプロデュースを受けて仕上がったこの動画を見て

      とてもとても感銘を受けました。

       

      人生を重ねてきた先輩が、ご自身の楽曲を

      音楽や、映像など優れた、そして新しい技術を投入されて表現する事

      「そうしたい」と思う若い人たちに囲まれていることの素晴らしさを

      この動画に感じています。

      還暦を過ぎて、これだけのレベルの作品を世に出されたことを尊敬します。

      私達の第二の人生で起こる現象はもちろん哲さんとは違いますが、

      こんな風に若い人達のサポートを楽しく受けながら、楽しく音楽続けていきたいと思うのです。

      そういう意味で、この動画は、還暦を迎える私達が目指す生き方を表しています。

      だからA-unEXの還暦ライブは「音太小屋」さんでさせていただきます。

       

      音太小屋さんには、哲さんが作られた、たくさんの装置や道具があります。

      客席となる桟敷や、テーブル、椅子など、大きいものから小さいものまで。

      音響や照明、ステージの事、少しでもbetterになるようご自身の手を使って

      作られた舞台で、私達は演奏し、歌わせていただくことで、

      還暦の私達が伝えたいことがより強く伝わると思っています。

       

      「歓歴幸宴」の13:00〜14:00、最初の1時間は「宴」です。

      ちょっと喋って、それだけでお帰りいただいてもOKです。

      どうぞ、お気軽に覗きに来てくださいね。

       

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        彼らと「ともに」する理由(わけ)

        • 2017.05.03 Wednesday
        • 21:02

        A−unさん用よる.JPG

        http://yol-official.com/  

         

        還暦ライブを主催するに当たり、いろいろ考えた。

        これまで9年間、企画ライブにお声をかけてくださった

        また私達のステージを見にお運びくださった方々へ

        の御礼はどのようにさせていただくのがよいかという事を。

         

        A-unEXは、若い世代の人達に本当に引き立てていただいて来た。

        ステージに立たせてくださった複数組のバンドさんに

        ご出演いただくことも一つの御礼の形であったと思うが

        その数はあまりに多くて選択に迷った。

         

        私達が最終的に「よる」さんにご出演を願うことを決めたのは

        60歳「還暦を記念するライブ」であったから。

         

        「よる」さんが深い楽曲を、スキルの高い歌唱・演奏されることは

        これまでにこのブログでも何度か書かせていただいたけれど

        何よりも彼ら3人が若い世代と、人生を重ねた世代の融合であり、

        また、アコースティックギター、ピアノ、シンセサイザーという

        楽器の組み合わせ、「音楽」を媒体にした調和を完璧に音にしてアウトプットする

        トリオだからである。

         

        「還暦」を迎えた私とミッチーは同級生である。

        とても思う事は私達より後に生まれた人達は、人類として進化形であるということ。

        私達は「社会的に」経験を積んではいるが、社会的であることが

        人間として最も価値が高いというわけではない。

         

        生まれた時から、平和も自由も与えられていた私達の世代であったが

        とんでもなくすさまじいスピードで進化する世の中で

        見落としたり、聞き逃したりしてきたものはたくさんあったんじゃないか?

        漫然とそう思いながら生きてきたわけだ。

        これからの私達にとって重要なことは、若い世代と融合する力である。

         

        私は「よる」さんの楽曲に出会い、

        人生で見落としたもの、聞き逃したものに気づけるような気がした。

        この社会の中で必要な特別な価値があると感じている。

         

         

        私が知る限り「よる」さんの演奏中に手拍子は起こらなかった。

        いえーいとか、掛け声もかからなかった。

        そんな大変なステージを、A-unEXは絶対にこなせない(笑)

        彼らは、理不尽や、怒り、焦燥、不安…そういう、鬱陶しいものにも

        音楽という手段で対峙している…と私は感じている。

        とても、大変なことだと思う。しんどいことだと思う。

         

        音楽は生きながら個々が感じる鬱陶しさを

        昇華するに素晴らしい手段であるかもしれない、

        実際、私自身にとってはその手段に間違いない。

        おそらくミッチ〜もそうだと思う。

        だからA-unEXのステージはあんな感じなのだ。

        DUOである私達が音楽という手段で重なるゾーンがあのステージなのだ。

         

        だから…私達は「よる」さんにご出演を「仕事として」ご依頼させていただいた。

         

        A-unEXが2ステージを演る間に、「よる」さんの世界がある。

        技術的なものは置かせていただいて、

        僭越ながら両者が伝えるものは、人生において両方ともに必要であると思う。

        それが私達の還暦を記念するライブである。

         

        6月25日 ライブの詳細はこちら

        http://a-unex.jugem.jp/?eid=2449

        キャンセルになってもかまいませんので、

        事前にご予約をお願いいたします。

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          A-unEX還暦ライブのご案内

          • 2017.05.01 Monday
          • 21:31

          6月25日 音太小屋で開催する

          http://www.eonet.ne.jp/~netagoya/

          A-unEXの還暦ライブの詳細をご案内させていただきます。

          お目通しをいただき、ご来場の方は恐れ入りますが事前に

          ご予約をお願い申し上げます。

           

           

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          チャージ無料

          A-unEXがお世話になった方々への御礼ライブですので、チャージはいただきません

           

          ■ご予約のお願い(キャンセルOK)

          会場準備のため、ご来場者数を予めざっくりと把握させてください。

          お運びくださるご予定の方は、お手数ですが事前にご予約をお願いいたします。

          これまでのご案内で「行きます」とおっしゃってくださった方もお手数ですが

          今一度「お名前+予約○名」でご連絡をお願いいたします。

          ブログ・Facebookのコメント欄、メッセンジャー、メール等でご連絡くださいませ。

          了解のお返事を差し上げて予約完了といたします。

           

          人生いろいろございますので、ドタキャンも含め、キャンセルもOKです。

          ただ必ずその旨ご連絡をお願いいたします。

          もしも60名に達したらその時点で、一旦締切とさせていただきます。

           

          ■ご案内

          会場は2FのAです。靴を脱いで床に座っていただくスタイルですが、

          体調その他のご都合でイスが必要な方は予めお知らせください。

          会場の後ろ、壁際にご用意いたします。

           

          食べ物の持ち込みは可能です。

          飲み物は音太小屋さんでご購入下さい。

           

          様々な体調の方がいらっしゃいますので、

          ライブ会場とサロンは禁煙とさせていただきます。

          喫煙は入り口の灰皿設置場所でお願いいたします。

           

          還暦を迎えましたので、残りの人生は可能な限り持ち物を減らしたく思います(笑)

          ですから、プレゼントなどはどうか、

          お持ちにならぬようにお願いいたします。

          もしもお気持ちがあれば、周りの方々と分けて

          召し上がっていただけるものにしてくださると嬉しいです。

          取り分けの紙皿などご用意いたします。


          ■ ゲスト

          私達の敬愛する「よる」さんをゲストとしてご出演願っております。

           

          ■スケジュール(あくまで目途です^_^;)
          ご都合の着く時間にご来場、会場の出入りはご自由になさってください。

           

          13:00 開場

          (恐れ入りますが時間までは手前のサロンでお待ちください)

          14:00 A-unEX 1回目 

          14:40 ゲスト よる http://yol-official.com/  

          15:30 スペシャル 

          15:50 休憩

          16:30 A-unEX 2回目 

          17:30 終了予定

           

          ★「歓歴幸宴」はこのライブのゲスト

          「よる」の康成さんが座長を務める「唯一座」http://yuiituza.com/

          衣装、撮影、フライヤーの全てと

          ステージの一部をプロデュースしていただきました。

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          彼らと「ともに」する理由(わけ) 「よる」さんについて

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            春の出来事達

            • 2017.04.15 Saturday
            • 20:35

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             友達から電話。

            「いくらなんでもね、ブログの更新がここまで空いたら心配する」と。

            彼女特有の高い声で言われて苦笑した。

            大切に扱ってくれる人が、共に生きていることに感謝した。

             

            それにしても…ほんまにね。

            こんなことは今までなかった。

            それほどに…時間がなかった。

            それほどに…いろいろあった。

             

            驚いたことも、楽しかったことも、

            しんどかったことも、嬉しかったことも全部あった。

            人生は、出来事が止まない。

            私個人は歌も歌ったし、深い話もした。

            新幹線も何度か乗ってあちこちに行った。

             

            で、毎日くたくたになって

            「ブログを書く」という習慣は、いつの間にか「ブログは書かない」

            という習慣に変わっていた。とても簡単に。

            それはそれで、誰にも迷惑をかけるわけではないが

            友達には心配をかけたし、何よりも…私は文章を書けなくなっていた。

             

            締め切りの連載原稿を、やっとの思いで仕上げた時

            その日の夜中の1時を過ぎていた。

             

            1500字程度の原稿が、こんなに書けなかったことはかつてない。

            私はざっくりと、書くことを頭で想定して、文字を打ち始めたら

            後は勝手に手が動いてくれるのだ。

            だけど、その日は手が動かなかった。

            何度も何度も。最後まで行き付かなかった。

            やっと書き上げて読んでみるものの、書き直しするしかない内容であった。

            途中で焦りまくり、これはヤバいと思った。

             

            そうなんだよね。やっぱり日ごろの訓練を怠っていては

            いざって時にできないし、できたところでろくなもんじゃないのよね。

            歌わなければ声は出なくなるし、

            ギターは弾かなければ手が動かなくなるんだから。

             

            私は本質的にはライターである。

            人が本質的にという時は、社会的にはその態を成してないことが多い。

            本質的にはライダーの会計士も、スイマーの薬剤師も

            旅人のギタリストも私は知っている。

             

            職業訓練を生業にする私や、歌を歌う私は、

            ライターの私が本質的にあるから、ステージに出ていける。

            ステージに出て行くんなら、私は書くこともしなければと思う。

            そうしないと、私のステージにはならないんだとも。

             

            今日はものすごく久しぶりの「でかけなくてもよい日」であった。

            本来の私に戻って、買い物も行かず、家にこもって涼と寝て過ごした。

            今、こうして久しぶりにブログを書き始めたのだから、

            本質的な私に戻りかけているのだろう。

             

            この春、いろいろあったのは、私だけじゃなくて私の知る人達も同様であった。

            人や仕事とうまくできなかった別れに痛みながら、

            私には感謝を伝えて去ってくださった方々の痛みも想像しながら、今日を過ごした。

            私の苦しい出来事も、消えてなくなったわけではないけれど、いい日であった。

            苦しみを背負いつつ、いい日を過ごせる私はなかなか人生の達人になったではないか。

            誰もがそうであってほしいと願う。

             

            自分の出来事も、他者の出来事も、同じ場所に並んで見えてる。

            現象は違うけれど、本質的には同じ。

            どんなに経験を重ねても、深く関わった人達が

            上手く別れることはとても難しい事なのだ。

             

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              半分を選ぶ

              • 2017.03.03 Friday
              • 20:38

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              第二の人生が始まって3日目。

              この3月は、長らくしようと思ってできなかったことを実行することに決めていた。

              所持しているものを「半分に減らす」こと。

              「半分」という具体的な目標があれば、迷った時の躊躇が減るだろう。

              日常の大半を過ごす書斎。

              35年使っているデスク。

              仕事用のパソコン。

              両方のデスクトップから、ものを処分し、データを削除した。

              データを消すという事は、積み重ねた過去の努力はもう

              アテにしていないという事だ。

              必要があれば、そこで新たに創り出せる自分を信じるという事だ。

              パソコンは買い替えるだろうが、

              私がこのデスクを買い替えることは一生ない。

              社会から私に、私だけに求められる最後の仕事もこのデスクでするはず。

              だから、このデスクを処分することはありえない。

              このように明確に所持していたいものを、認知して生きたい。

              この20年がどれだけの速度で経過するものなのか

              それはその前の20年とどれほどに速度感に差があるものか

              充分に経験した。

              これからも20年が訪れるならば、おそらく、ものすごい勢いで過ぎて行くのだろう。

              何を手放すのか、検討できていないのに、次のものを所持することの繰り返し。

              最終的には本当に必要なものだけを持って生きて在りたい。

              野に在るギタリストが、ギター1本だけを持ち

              思考や技術や迷いとともに、生きて在るように。

              この3月に、まずは半分を選ぼう。

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                ニ巡目人生初日

                • 2017.02.28 Tuesday
                • 11:05

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                出張が多いから、ビジネスホテルで一人で誕生日を迎えたことは何度かある。

                だけど、今年は自宅で迎えた。

                書斎の窓から撮影した2巡目の人生の朝の空。

                 

                ホテルは嫌だなとか、雨だったら嫌だなとか思っていたわけではない。

                結果を見れば、晴れた朝に自宅で第二の人生を迎えられて嬉しいなと思う。

                ただ、2巡目人生初ショットが早朝ではなく、  

                寝坊の結果の陽の高さなのが、極めて私らしい。

                 

                昨夜は夫が出張で、留守にしており、私は一人で59歳の最後の夜を超えた。

                と書くと、夫がいないから、たまたま寝坊したかのようであるがそうではない。

                私は基本的に、自分のスケジュールの都合でしか起きないのだ。

                 

                だから、それについては昨日、着替えを済ませた夫が朝、

                まだベッドでiPhoneを見てる私に

                「今日は出張だよ」と告げたことで

                ああ。そうやったねと思い出した程度であった。

                 

                「一日早いけど誕生日おめでとう。還暦だね。明日はゴミの日やから頼むで。」

                それが一巡目の人生で聞いた夫の最後の言葉であった。

                妻としても実に私らしい。

                 

                今朝はもちろん、それを忘れていてベッドの中でiPhoneを見ながら、

                ぎりぎりではっとなり、すでにゴミ収集車が来てから走って出しに行くという

                第二の人生のスタートになってしまったが、

                それで一段と私らしさが強化されたからいいでしょ?

                 

                 

                さて、この画像は THE PICKLESのリハ日に、スタジオで

                ベースのたにやんが映してくれた動画のスナップショット。

                生まれて初めてドラマーの席からドラムを見た私は

                太鼓やシンバルの数にどれを叩こうか迷い、

                「リズム」とは無関係のドラムプレイ(笑)をしていたから

                お目に留まった皆様に、ちょっと笑ってもらいたくてFacebookに

                数日前に投稿したの。

                 

                それが今朝は800アクセスにもなっていた。

                音楽コミュのSNSで、なぜそうなったのかはわからないけれども

                人様に見ていただくには、相当の努力と仕込みが必要と思っていた私は

                何の努力もなく、見ていただけることもあるんや〜と驚いた。

                それはなかなか新鮮な嬉しさであった。

                 

                 

                image1.PNG

                一巡目の人生が最後の昨日。A-unEXのリハ日。

                偶然そうなったようで、これは必然の流れである。

                 

                相方に持って来てもらったドラム練習マシン。

                そして、これはあのドラムプレイ動画のアクセス数に、

                めっちゃ気をよくした私の練習風景。

                 

                実にお調子のりの私らしい動機で

                昨日からこのマシンは今、私の家に。

                 

                新しいことを始めれば、使ってなかった脳が動き出すからね。

                人生最後まで、ボケるつもりなんてさらさらないし

                年齢を重ねるごとに、かっこいいノリで歌える私になるんや。

                 

                さあ、これから練習するわ!と言いたいところだけど

                せねばならない一巡目の人生からの引き継ぎ事項はもちろんある。

                確定申告。

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                  一巡目最後の仕事

                  • 2017.02.27 Monday
                  • 22:43

                  image1.JPG

                  あのキラキラと光るガラスのようなビルが出来た時

                  物見遊山の観光のようにして行った。

                  何歳の時だっただろう。ずいぶん前だ。

                   

                  季節は冬。

                  こんな晴れやかな日、切望してやまないシーンがあった。

                  私はジーンズとセーターにコートを羽織り

                  車いすに乗った父と木漏れ陽の中にいる。

                  とても静かな時間の中で、私が言う。

                  「私はお父さんの娘でよかった」

                  父は私が望んでやまなかった穏やかな笑顔を見せて応える

                  「ありがとうね」

                  ベタなドラマのようなそのシーンが、私には憧れだった。

                  人生に「憧れ」は他にない。たった一つ、それだけである。

                   

                  もしもこのシーンが実現したら

                  古い言い方であることを承知で書くが、

                  私はマジで涙ちょちょぎれる。

                   

                  でも父が生きている間に、その日は来なかった。

                  父とは上手く関係が築けなかった。

                   

                  このビルにたどり着いた時、一人この空を見上げて、

                  私は突然その言葉を言った。

                  だから、この写真を撮ったのだ。

                  結構焦って。

                  父が居た空だから。

                  居る間に撮らなくちゃなどと無意味なことを思って。

                   

                  image2.JPG

                   

                  私はこの日、このビルで仕事をすることになっていた。

                  一巡目の人生の最後の仕事であった。

                  このビルができた時、そんなことは想像もしていなかったけどね。

                   

                  人生はどんなに思い描いても実現しないシーンはあるが

                  思い描くことなど一度もしなかったシーンの中で、

                  思いを果たす自分が突然現れるものなんだ。

                  木漏れ陽ではなかったし、着ていたのは紺色のスーツであった。

                  軽く驚きながら、私はビルに入ったのだった。

                   

                  無題.jpg

                   

                  私が一巡目の最後の仕事で立つステージの部屋は大勢の人がすでに

                  様々な準備のために動き回っていてくれた。

                  4面スクリーンの真ん中に、演台が上げられようとしている。

                  こんな風景と、緊張を切り離して体験したことはなかったが

                  今までにない緩やかな思いと共に、眺めながら

                  人生で起ったあらゆる事は、素晴らしかったと思った。

                   

                  image3.JPG

                   

                  このビルの最上階に、この日私のために用意された控室の窓から撮影した景色。

                  18歳で出てきて、42年間を過ごした大阪の街。

                   

                  父に評価されたことはなかった人生だったけれども、

                  その不足を埋めるためにしたもろもろの事が、

                  一巡目の人生の最後の仕事をここで

                  もたらしてくれたのだと思えて、私は突然とても幸せになった。

                  なぜなら、今日をもたらしてくれたのは父やんかと思いついたからだ。

                   

                  感無量ではない。

                  涙などちょちょぎれない。そんなんじゃない。

                  ふっと、移動した。緩やかな場所に。

                   

                  出張人生なのに一巡目の人生で最後の仕事が大阪。

                  なんて素敵なことだったのだろう。

                  ニ巡目の人生では電車で川を渡るたびに、

                  このビルを眺められるやん。

                   

                  お父さんの娘でよかった。

                  そう言える人生にしたかった。

                  それが望みだった。

                  晴れた日…それだけがイメージ通りだった。

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                    最後のセリフ

                    • 2017.02.15 Wednesday
                    • 18:14

                    facebookのゲーム。

                    名前を入力するだけの簡単なもの。

                    それで、私の逝去の年齢と最後のセリフを教えてくれた。

                    無題.jpg

                     

                     

                    国連では60歳以上、WHOでは65歳以上だったと思うが

                    「高齢者」としているそうだ。

                    私も間もなく国連からは「高齢者」と見なされる年齢になる。

                    これまで生きて来ただけの

                    長さを生きる可能性は極めて低いから

                    個人的にはそう遠くもなく、必ず行き着く「死」に向かって

                    ネガティブなイメージを抱かずに生きようとかねがね思っていた。

                     

                    だからこの結果を大変気に入っている。

                     

                    私は言葉の世界の人間だから、人生を締めくくる言葉なんてのを

                    考え始めたら、自分と向き合いすぎて

                    めちゃくちゃ長文になりそうであるが

                    全く関係のない他者にクジのように

                    そこを決めてもらうということが

                    どんなに気楽なのか思い知った。

                     

                    「人生は自分が決めた通りになる」というのも信じている。

                    こう言って去ることに決めた。

                    生きている限り、

                    私は主語を自分にし、動詞を選択してGo!

                     

                    だから、もうそういうこともごちゃごちゃ考えて書いたりしなくてよい。

                    重要なシーンのストーリーが決まる

                    実にありがたいゲームであった。

                    しかもタダであった。

                     

                    私は10年ほど前から

                    スピリチュアル的思考を気に入っている。

                     

                    魂は肉体を渡り歩いて、何種類もの人生を経験するということを

                    信じているから、ものすごく死を恐れないようにはなっていた。

                    魂が肉体を離れる瞬間は

                    エクスタシーであるということも知っている。

                    私の去り際の言葉がこれなのだから

                    死は怖くないと更に強化されたわけだ。

                     

                    だから、「必ずこう言いたい」というコメントと共にシェアをした。

                    たくさんの人がイイネとか、受けるねとか

                    リアクションをくださった。

                    自分よりはるかに年齢の高い私の去り際の様子を

                    悲壮感なく、気も使わず、若い世代に受け止めてもらえるならば

                    私のこの度の人生を必ずや「よかったやん」と断言できる気がする。

                     

                    image1.JPG

                    このカードは奈良のライブバーBillyさんのカウンターからお借りしました。

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